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近代文学と活字的世界②

近代文学と活字的世界②

講演者:前田愛

1979年5月15日 岩波市民講座 岩波ホールにて収録

再生時間:1時間28分25秒

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提供:岩波書店

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内容紹介

近世文学の伝統が明治維新後の欧米文化と出会い、木版から活字へとメディアも変化する過程で、近代文学の新しい世界がどのように形成されてきたのか。坪内逍遥の『小説神髄』を縦糸に、曲亭馬琴の読本(よみほん)から、シェークスピア、スタンダール、ゾラ、フローベール、ミシェル・フーコーにいたるまで、古今東西の文学観を渉猟しつつ縦横に論じている。

講演者紹介

前田愛

1932年神奈川県生まれ。国文学者・文芸評論家。東京大学文学部卒。70年より立教大学で教鞭をとる。はやくからテクスト論・記号論・都市論などをとり入れて、近世・近代文学の独創的な研究をひらいた。山口昌男、中村雄二郎、河合隼雄らと「都市の会」で活動。『幕末・維新期の文学』『成島柳北』(亀井勝一郎賞)、『都市空間のなかの文学』『樋口一葉の世界』など著書多数。87年没。『前田愛著作集』全六巻がある。

注釈

「只傍観(おかめ)してありのままに模写する心得にてあるべきなり」

『小説神髄』(1885)「小説の主眼」より。欧米の自然主義・写実主義における視覚的世界をあらわしている。

「実相を仮りて虚相を写し出す」

二葉亭四迷の『小説総論』(1886)における小説の定義。実相は現実、虚相は思想、あるいはイデアのようなものを指す。二葉亭はロシアの批評家ベリンスキーの芸術論にも影響を受けた。

曲亭馬琴『南総里見八犬伝』

1814―42年。全九輯一〇六冊。室町時代の安房の領主里見義実の娘伏姫(ふせひめ)が八房(やつぶさ)という犬ともうけた、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の八徳の玉を持つ八犬士の活躍を描く、勧善懲悪の世界観に貫かれた伝奇小説。

「形容を記するはなるべく詳細なるを要す。我国の小説の如きは、従来細密なる挿絵をもて其形容を描きいだして、記文の足らざるを補ふゆゑ、作者もおのづから之に安んじ、景色形容を叙する事を間々怠る者尠からねど、是れ甚だしき誤りなり。小説の妙は特(ひと)り人物をして活動せしむるにとどまらず、紙上の森羅万象をして活動せしむるを旨とするものなり。文中の雷をして鳴はたかしめ、書中の激浪怒涛をして宛然天にさかだたしめ、鶯をして囀らしめ、梅花をして薫らしむる、是小説家の伎倆の一なり。ただ人物の態度を写して、非情の物のさまを写さざるは、猶昇天の竜を画きて雲を画き添へぬもののごとし。」

『小説神髄』「叙事法」より。

丹次郎、米八、仇吉

為永春水『春色辰巳園(しゅんしょくたつみのその)』(1833‐35)の登場人物、

「意味スルモノ」「意味サレルモノ」

=記号表現、記号内容(ソシュール言語学の「シニフィアン」と「シニフィエ」)。

「文章の絶妙は、虚にあらずして実に在り。実に非れば、我が心事をして読者を感悟せしむるに足らず。彼の欧洲の画家が写す所の肖像を見ずや、眼鼻唇頷一として真に異なるなく、宛然其人に親接するの想を起こさしむるに非ずや。将て浮世画師の筆力に比すれば、孰(いず)れか勝れりとするか。絶妙の文章は、実に此の欧画の妙に異ならざるのみ。」

福地桜痴「文論」(『東京日日新聞』明治八年〔1875〕八月二九日)より。

「須要(しゅよう)と装飾」「各分子互いに内面の関係を保ち終始相依つて常に完全唯一の感覚を生ずるもの之を美術の妙想(アイジヤ)と謂ふ」

フェノロサ『美術真説』(1882年の講演)より。逍遥が『小説神髄』で展開した文学理論は、逍遥自身が大学で受講したフェノロサの説に多くを負っているという。

「わが未熟なる小説、稗史を次第に修正改良して、彼の泰西のものに駕すべき完全無欠のものとなして、国家の花と称へつべき一大美術となさざらむはわが大なる懈怠(おこたり)ならずや。」

『小説神髄』「小説の裨益」より。

「羽織は糸織のむかしもの、母親の上被(うわぎ)を仕立直したものか、其証拠には裾の方ばかり、大層痛みたるけしきなり。其服装(みなり)をもて考ふれば、さまで良家(よきところ)の子息にもあらねど、さりとて地方(いなか)ともおもはれねば、府下のチイ官吏の子息(サン)でもあらん歟。」

坪内逍遥『当世書生気質』「第一回」(1885‐86)より。

「眼鼻口の美しさは常に異(かわ)ツたこともないが、月の光を受けて些し蒼味を帯んだ瓜実顔に、ほつれ掛ツたいたづら髪、二筋三筋扇頭の微風に戦いで頬の辺を往来する所は、慄然(ぞっ)とするほど凄味が有る。」「パツチリとした涼しい眼がジロリと動き出して……見とれてゐた眼とピツタリ出逢ふ。」「螺(さざえ)の壺々口に莞然(にっこ)と含んだ微笑を、細根大根に白魚を五本並べたやうな手が持つてゐた団扇で隠蔽(かく)して、恥かしさうなしこなし。」

二葉亭四迷『浮雲』(1887‐89)より。

「余は模糊たる功名の念と、検束に慣れたる勉強力とを持ちて、忽ちこの欧羅巴(ヨーロッパ)の新大都の中央に立てり。何らの光彩ぞ、我目を射むとするは。何らの色沢ぞ、我心を迷はさむとするは。菩提樹下と訳するときは、幽静なる境なるべく思はるれど、この大道髪の如きウンテル、デン、リンデンに来て両辺なる石だたみの人道を行く隊々(くみぐみ)の士女を見よ。〔後略〕」

森鴎外『舞姫』(1890)より。

DDR(デーデーエル、Deutsche Demokratische Republik)

ドイツ民主共和国。いわゆる旧東ドイツのこと。1990年10月3日にドイツ連邦共和国(旧西ドイツ)に編入された。

シリーズ一覧

近代文学と活字的世界①
・近代文学と活字的世界②

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